松野陽一郎選手のシャンチー(象棋)日記

実戦譜を見る

今回はシャンチー(象棋)仲間の松野選手に提供して頂いた記事を紹介させて頂きます。(松野さんが以前に書いた日記の記事です!)

タイトル「がんばれぼくの馬!」

棋譜

これは先月の所司先生の指導対局です。いろいろあったのですが、とにかく私としてはとてもうまく指せて勝てた対局でした。この対局でポイントになったのが、私の二枚の馬。扱いの難しいシャンチーの馬を、これほどうまく馬を使えたことは、私は今までありませんでした。そういう意味でも、大変うれしい対局となりました。

紅方:私 (松野選手)

黒方:所司先生

1. 炮二平五 馬8進7      2. 馬二進三 車9平8

3. 車一平二 卒7進1        4. 馬八進九 馬2進3

5. 炮八平七(図1)炮2進2     6. 車二進六 馬7進6

7. 車九平八 車1平2        8. 車八進四 卒3進1(図2)

9. 車二退二 象3進5                10. 兵七進一(図3) 卒7進1

11. 車二平三 炮8進3             12. 車八退一 炮8平3

13. 炮七進三 車8進5       14. 車八進一 炮3進2(図4)

15. 馬三退五 車8平7       16. 兵三進一 炮3平4

17. 炮七進一 馬6進5        18. 馬九進七(図5) 炮2平5

19. 車八平五(図6)馬5進7    20. 馬七進六 車2進2

21. 炮五進三 卒5進1       22. 車五進一 馬7退9(図7)

23. 車五退三 炮4退2        24. 馬五進七 炮4平3

25. 馬六進四 車2退1(図8)    26. 馬七進五 炮3退1

27. 馬五進六 車2平4        28. 車五平六(図9) 馬3進5

29. 馬六進五 馬5進4        30. 炮七平五 士4進5

31. 馬五退七(図10)馬4退5   32. 馬七進六 馬5退4

33. 車六進六 炮3平6        34. 車六退三 炮6進1

35. 馬四進六 (図11)

図1

さてさてこの一局、布局は「五七炮不進兵対屏風馬進7卒式」ですが、これは紅方としては、私は生れてはじめて指してみる形でした。下図は5.炮八平七の局面です。

図1

私がこの形にしたのには理由があります。実はこの前日、JXA西東京支部の快棋戦(早指しトーナメント)があったのですが、そのとき私は黒方を持ってこの形を指し、紅方のYさんに惨敗してしまったのです。それもただの惨敗ではなく、「布局の知識の不全」によって負けてしまったという、かなり情けないものでした。

確かWMSG(World Mind Sports Games)の時だったと思うのですが、チームメイトのAさんにいろいろ教わっている中で、こんな会話がありました。

Aさん:……「こういう展開もありうるんだよ」

私:「あっ、なるほど、これは五七炮ってやつですね。確かこの本に、……載ってました、これですね」

Aさん:(本を見て)「いや、これは違うんだ。おんなじ五七炮って名前でも、紅方が七兵を突いているか突いていないかで、全然違うんだ」

私:「へー、そうなんですか……」

「へー」じゃないよ当時の私、と時間を超えて突っ込みたくなる。そこでどうして私は、「どう違うのか」を尋ねたり本で調べたりしないんでしょうか。その場では無理でも、家に帰ってから考えるとか。そんなことだから、快棋戦で「進七兵」で勉強したかすかな知識を間違って使って惨敗しちゃうんだ。あほー!! …というのが、快棋戦の帰り道での反省事項。それで、遅ればせながら「不進兵」の形を勉強して、……それをその翌日の指導対局で使ってみるというのはずいぶん乱暴な話だと今振り返ると思いますが、正直言って「すぐ使わないとすぐ忘れる」という悲しい事情もあり……。結局、自分で指してみないとなかなか頭に定着してくれないのですよね。

ともあれ、上の図ですが、ここからの黒方の指し方は大きく3通り。砲2進2(右砲巡河)、砲2進4(右砲過河)、砲8進4(左砲過河)。(ただしどこかで車1平2は入ります。)どれもくわしく、いろいろな本に載っているようですが、はっきりいって私にはまだ難しすぎて(すぐプロの最先端の話になってしまうようです)、ここで解説するのはちょっと無理。

私としては、所司先生は車を砲で封じる形がお好きなので、砲8進4かなあと思っていました。しかし実戦では、先生は砲2進2。これはほかに比べると穏やかな指し方であるようです。 以下、手順の前後はありますがほぼ定跡どおり進みましたが、先生の8.…卒3進1(下図)で、考え込むことになりました。この手は私の読んできた本に載っていなかったのです。

図2

図2

載っていたのは、8.…象3進5です。これに対して紅方の手は、9.兵九進一とじっと八路車に根をつける手と、9.車二平四と細かく動く手があります。前者があとの実戦とも関係があるので、『象棋初学門径』に従って紹介しますと、

9.兵九進一 卒3進1 10.車二退二 士4進5 

11.兵七進一 卒7進1 12.車二平三 砲8進3 

13.車八退一 砲8平3 14.炮七進三 車8進5

15.車八進一 車8平7 16.兵三進一 紅方稍好。(紅が少し良い)

局後このへんのことを先生に伺ったところ、「8.…象3進5だと、確かすぐに9.炮七進四と卒を取る手があったのでは?」とのことでした。私は不勉強で答えられなかったのですが(今も答えられないけど)、確かにありそうな手です。どうなるのでしょう。って、それですましちゃいけないんだけど。 ともあれ、実戦。長考の末、9.車二退二と、自分が本で読んできた定跡に沿った手を指しました。これでもしも黒が象3進5とくれば、そこで兵九進一とすれば先ほど掲げた定跡に戻るなあ。そう思っていたはずなんですが……。

実戦では、そのとおり先生が9.…象3進5と来られたのに、なぜか反射的にノータイムで10.兵七進一!(下図)とケンカを吹っかけてしまいました。 

図3

図3

やってしまってからすぐ、「あっ、端歩突き忘れちゃった!」と気がついたのですが、もう流れは止まらない。以下互いに小考を繰り返しながらですが、結局前掲の定跡手順と同様の進行です。ただし、紅方兵九進一と黒方士4進5が入っていない。この差がどう出るか。

14回合で、先生がすぐに車交換をせず、14.砲3進2(下図)と3路砲を逃げたところで、本の手順(ほんとうはちょっと違うけど)から離れました。

図4

図4

本の手順から外れればそこで長考、はいつものこと。

本譜の馬三退五のほかに、車三平二も考えましたが、結局「車交換は向こうからしてもらった方が三兵が進めて得だろう」と、15.馬三退五を選択。しかしこの瞬間、紅方の馬は片や辺馬、片や窩心馬、おせじにもいい形とはいえません。一応ここでは、窩心馬にも進七という活用の道があるものの、とにかく今の形は悪い。それに中兵が取られそうです。 実際本譜の進行どおり、車交換の後互いに捉えられている炮を逃げあって、それから17.馬6進5と中兵を取られてしまいました。ただ、そこで18.馬九進七(下図)と辺馬を一歩、砲取りの先手で活用したのが気持ちのよい手。今思えば、これが軽騎兵の進軍ラッパ、最初の一響きでした。

図5

図5

この手がなぜ砲取りの先手になっているかというと、それは紅七路炮が黒3路馬の脚を縛っているからですね。それで局後、先生は「この前に炮を取り合ってしまった方がよかったですかねえ」とおっしゃっていました。それはそれで一局であったようなのですが、なぜそういう感想になったかというと、とにかくこの局面での黒の指し手が、存外難しかったからです。 かなり長い時間感想戦をした結果、ここでは18.…砲2平3がよく、それで黒方十分だったのでは、ということになりました。しかしこれは相当難しい手ですね(棋聯大師が「難しい」と言われるくらいですから……)。この手の意味は、実戦の進行と比べるとだんだんわかってきます。

ついでに書いておくと、なんだかこの日の所司先生は大変忙しい日で、指導対局の局数も多かった(たしか5局くらいあったはず)上に、どうやら書類を作るお約束もあったようで、このシャンチーの指導対局も、ほとんど私の方にばっかり無制限に持ち時間があるような状態。いやいや、特にこの辺からは、わたくしむちゃくちゃ考えました。前日の快棋戦のうっぷんをはらすというかなんというか……。

本譜は18.…砲2平5でした。紅方の弱い中路(窩心馬のせいですね)に狙いをつけて当然の一着、という感じがしますが、これは読んでいました。19.車八平五(下図)が、読めば読むほどぴったりの手。

図6

図6

所司先生も、この手を軽視していたと言っておられました。なんだかあまり働かないところへ車を持っていったような感じなのですが、中路の馬・砲・そして卒を攻めていて、実はかなり効いているのでした。 とりあえず馬が捉えられているので、19.馬5進7と逃げるのはしかたがありませんが、そこで20.馬七進六がシャンチー特有の「こっちの馬だけ相手の馬に当たっている」手でこれまた気持ちがよい。黒方はこれまた馬取りを受けて20.…車2進2としなければなりませんでしたが、これは一手の働きに乏しく実に悔しい手でした。

……ここで、さきほど18.…砲2平5のところで18.…砲2平3の方がよかった、という理由が一つわかります。もし砲が3路にいれば、3路馬には根がついていて、ここで一手受ける必要がなかったのでした。 以下、中路で炮の交換をして、手順に中卒を取ってしまい、黒将を車炮馬で虎視眈々と狙います。

ただ、先生も22.…馬7退9(下図)と辺兵を取ったところでは、まだまだ大丈夫だろうと思っておられたそうです。確かにコマの損得はなく、黒の車や3路馬の働きは悪いですが、紅方の窩心馬だった威張れたものではない。次の馬9退7も味がよいし、というわけでしたが、ここから紅方に調子のよい手が続きました。いや、いま思い返してみても、ここまで快調だったことはほかにないなあ。

図7

図7

23.車五退三(砲取り!)、砲4退2、24.馬五進七(砲取り、かつ窩心馬解除!)、砲4平3、25.馬六進四(進軍しつつ、三路兵に根をつけた!)が一連の手順でした。ほんとうに、5手も読み通り進むことなんてめったにないですよ……。

25.馬六進四は、次の馬四進三と馬四進六の両にらみです。これはどちらもかなり厳しいジャンです。 こうなってみると、黒方は士が上がれていないのが薄さになってしまっています。対して紅方は九路兵を突いていないのですが、それはこの展開では全然関係ありません。ということは、ここでは本に載っていた定跡手順よりも、紅方がはっきり得をしていることになります。

したがって、黒方はどこかで紅方が辺兵を突いていないことを咎めるように局面を持っていかなければいけなかった、ということですが、しかし、それはいったいどこでどうすればよかったのでしょう。局後先生もかなり考えられましたが、その場では結論が出ませんでした。 まあとにかく、黒としては両にらみを両方受けたいところで、それには25.…車2退1(下図)しかありません。しかしここで、またしてもいい手順がありました。

図8

図8

26.馬七進五(砲取り!)、砲3退1、27.馬五進六(次に馬四進六から後馬進四の狙い)、車2平4、そこで狙いの手が、28.車五平六!(下図)です。

図9

図9

この手は厳しいのです。

次の狙いは、馬六進七。対して車4進6と車を取られてしまいますが、そこで馬四進三とすると、なんと、詰みです!すると、黒としては車を横に逃げるしかなさそうですが、今度は車六進七があって、これまた詰み! この詰みがいやだったら、車の動き方は車4平3しかないのですが、それでは炮に取られてしまってアウト。 数手前に、この車五平六を発見した時はうれしかったです。

ただ、ここから一回冷や汗をかくことになってしまいました。28.…馬3進5は狙いのある手で、ただ馬を逃げただけではありませんでした。こちらは予定通り馬六進七でもいいかと思いましたが、どうせなら象を1枚削った方がいいや、と29.馬六進五。これでも、次の馬五進三があるので、黒方は車を取れないわけです。

しかしそこで、29.…馬5進4とされて、一瞬血の気が引きました。

「それは車六進二と馬を取って、もし車4進4ならば馬五進三で詰みだから……えっ、あれなんかおかしいなあ……!!!馬五進三が対面笑で指せない!!! うわあ、こんなことなら象をとるんじゃなかった!!!」

もしも持ち時間制で指していて、時間が切迫していたら(それこそ、快棋戦だったら)、たぶんここであわてて間違えて、負けてしまっていたと思います。まったくシャンチーの終盤は怖いです。

しかしここでは、ゆっくり考えられたのが幸いでした(確かこのころ、所司先生は文書に何か文章を書いておられたような……)。

30.炮七平五がありました。馬4退5だと車六進六と車を取った手が次の馬四進三を見た叫殺(詰めろ)になってしまうので、やむなく30.…士4進5ですが、そこで31.馬五退七(下図)が、大活躍した馬の最後の花道でした。きれいな王手飛車です。

図10

図10

以下コマ得で紅方勝勢ですが、うまくいくときは決め手もきれいなものですね。

馬四進三の詰みを受けて余儀ない33.…砲3平6に対して、一回34.車六退三と砲取りに車を引いて、34.…砲6退1を見て、35.馬四進六!(下図、投了図です。)

図11

図11

対面笑のため、この馬は取られません。

ということで、以下は将5平4、馬六進八、将4平5、車六進四、で詰みです。

易しい五手詰めでしたが、慎重に何回も読みなおしたのを覚えています。

この対局は35着で終わりました。今数えてみると、私が指した35着の手のうち、13着が馬を動かした手でした。3分の1を超えていますね。たしかに、これほど馬に触った対局も今までになかったような気がします。

ついでに、紅方の2枚の馬の動きを振り返ってみますと:

右馬:(二路から)進三(正馬)、退五(窩心馬)、進七(捉砲)、進五(捉砲)、進六(双馬連絡)、進五(破象)、退七(抽車)、進六(去車)

左馬:(八路から)進九(辺馬)、進七(捉砲)、進六(捉馬)、進四(ジャン狙い&兵を守る)、進六(即詰み) というわけで、特に後半は一手一手目的をもって馬を運べたと思います。

なかなかいつもこうはいかないと思いますが、なるべく馬が生き生きと躍動できるように心がけて、指していきたいと思います。

Aさんならば、「跳ねろッ!」と声をかけるところですね。

おわり

コメント

  1. […] […]

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